色彩雑学
色彩雑学|赤は本当に元気をくれる色なのか
秋は赤が似合う季節だと思う。
夏の強い日差しが少しずつやわらぎ、
夕方になると、空気の中にひんやりとした気配を感じはじめる。
夏が長くなって、季節を感じにくくなった。
それでも、空気は確実に変わっている。
夕暮れの空には、夏にはなかった深い色が重なっていく。
そんなふうに空気が動き始めると、やっぱりクローゼットの中から手に取りたくなる色も、少しずつ変わってきて、
真っ白なシャツや淡いブルーよりも
テラコッタやボルドーみたいな深い赤が綺麗に感じる。
夏のまばゆい日差しの中では気づかなかった、赤の魅惑的な深さに、心奪われる。
秋はそんな季節なのかもしれない。
熟した果実。
赤く染まる葉。
夕焼け。
あたたかな灯り。
夏の色が「光」だとしたら、
秋の赤は、光を少し内側に抱え込んだような色。
鮮やかさを残しながら、どこか深く、温かく、落ち着いている。
だから秋の赤には、夏の赤とは違う魅力を感じる。
そして、今年の秋はファッションの中でもひときわ赤が存在感を増しています。
これまでなら「差し色」として使われることの多かった赤が、今シーズンはニットやコート、パンツ、バッグなど、ワードローブの主役として登場しています。
赤いニットを着る。
赤いリップをつける。
赤いバッグを持つ。
不思議と赤を着る日は「元気」が出る。
赤が私たちを元気にしてくれるのか。
それとも、
元気になりたいくて、赤を選んでいるのか。
色が心に働きかける。
そして、心もまた色を選ぶ。
今回は「赤」を入り口に、色と心の関係を考えてみたいと思います。
ファッションのトレンドは、デザイナーの感性だけで生まれるものではありません。
市場の動き、SNS、消費者の価値観、デザインの流れ、そしてその時代の空気。
さまざまな要素が重なり合って、その時代の「流行色」がつくられていきます。
だから、「社会が不安だから赤が流行した」と、ひとつの理由に決めつけることはできません。
けれど、色のトレンドを眺めていると、
今私たちが、どんなことを求めているのか。
それが、ほんの少し見えてきます。
落ち着きたいときには、穏やかな色を。
新しい未来を感じたいときには、フレッシュな色を。
そして、変化の中で少し強くありたいときには、存在感のある色を。
私たちはもしかすると、無意識のうちに、
「今の自分たちに必要な色」
を選んでいるのかもしれません。
赤を着る日は
「今日の私、なんだか元気そう」
そんなふうに感じることも。
赤が、私たちを元気にしているのか。
それとも
元気になりたい私たちが、赤を選んでいるのか。
でも、「元気になる」と感じることと、赤という色に生理的な反応が起こることは、同じことなのでしょうか。
色彩心理では、赤は「情熱」「行動力」「生命力」「興奮」などと説明されることが多い色です。
赤を含む色刺激によって、生理的な覚醒に違いがみられた研究もあります。
一方で、赤を身につけることで「自分はこう見えている」と自己認識が変わり、それが気分や行動に影響することも考えられます。
心が色を選び、選んだ色がまた心に働きかける。
色と心は、そんなふうに行ったり来たりしているのではないでしょうか。
赤は人類が最初に名付けた色の一つだと言われています。
血の赤。
火の赤。
太陽の赤。
熟した果実の赤。
古い言語では、赤を表す言葉が「色」そのものを意味するように使われていた例もあります。
身体から流れる血は「生きていること」を示し、火は暗闇を照らし、食べ物をつくり、身体を温める。
赤は、古くから人間にとって、
「生きること」と非常に近い場所にある色だったのです。
だからこそ赤は、生命力を感じさせる一方で、血や火の危険性から「恐れ」も生み出してきました。
愛と怒り。
生命と危険。
祝福と戦い。
一見正反対に見える意味が、ひとつの色の中に同居しているのです。
そして赤は、「富」や「権威」を表す色にもなっていました。
鮮やかな赤を染めるためには、手間と技術、そして高価な染料が必要でした。
16世紀にメキシコからヨーロッパへ伝わったコチニールは、鮮やかな深紅を生み出す染料として大きな価値を持ち、ヨーロッパの王侯貴族や富裕層の衣服にも使われました。
美しい赤を身につけられることそのものが、富や権力を示す時代があったのです。
こうして赤は、自然界の色であるだけでなく、人間社会の中で「力」「富」「権威」という意味までまとっていきました。
私たちが赤を見て感じる、「情熱的」「エネルギッシュ」「強そう」「華やか」という感情は、赤そのものに初めから意味が書き込まれていたわけではありません。
血。
火。
太陽。
熟した果実。
人は昔から、赤を通して自然や身体の変化を感じてきました。
赤を見るたびに、そこに生命や熱、危険、豊かさといった経験が重なっていく。
そうして長い時間をかけて、色と経験が結びつき、私たちの中に「赤らしさ」がつくられていったのではないでしょうか。
赤は情熱の色
青は冷静の色
黄色は明るさの色
私たちはつい、色そのものが意味を持っているように説明してしまいがちだけれど、本来、色の意味は、色の中に最初からあるわけではないく、色を見て、感じて、経験してきた人間の記憶や文化が、色に意味を与えているものなのだと思います。
赤だから情熱なのではなく、
私たちが赤とともに、生命や情熱、興奮や危険という物語を何度も経験してきたから、赤を見ると、それらを感じる。
そう考えることができるのです。
では、赤を見ると「元気になる」「気持ちが高まる」と感じるのも、すべて経験や文化によってつくられたものなのでしょうか。
私たちは色を「見ている」だけではありません。
色刺激に対して、身体そのものが反応することもあるのです。
色彩生理学では、赤は
「赤は交感神経を刺激する」
「赤は心拍数を上げる」
そんなふうに言われています。
実際、赤を含む色刺激によって、覚醒度や皮膚電気反応などに違いがみられた研究もあります。
でも、赤ならどんな赤でも元気になれるのか。
実は、そう単純ではありません。
色には、
・色相
・明度
・彩度
という3つの属性があり、
私たちは「赤」という名前でひとまとまりにしてしまっているけれど
同じ赤でも、
鮮やかな赤と、くすんだ赤
明るい赤と、暗い赤
軽やかな赤と、くすんだ赤
「赤」という名前は同じでもさまざまな赤があるのです。
だからこそ、「赤は元気な色」と一括りにするのではなく、
「どんな赤が、どんな条件で、どのように感じられるのか」
と考えてみることが大切なのです。
「赤」という固有名詞はひとつでも、
そこに含まれる色は、ひとつではない。
色相だけではなく、明度・彩度、さらに周囲の色や状況。
それらが重なり合って、私たちは色を記憶し、感じ、意味づけている。
だからこそ、同じ「赤」でも、
その赤が私たちの心をどう動かすのかは、ひとつではないのです。
私たちの身体にも、もともと「赤」があります。
その代表が、唇です。
顔の大部分を占める肌。
髪の色。
瞳の色。
その中で唇は、比較的はっきりとした色を持つ部分。
だからこそ、口紅を塗ると、ほんのわずかな面積の色が変わっただけなのに、顔全体の印象まで大きく変わったように感じます。
では、なぜでしょう。
ここで大切になるのが、明度と彩度です。
同じ赤でも、明るい赤と暗い赤では印象が違います。
鮮やかな赤と、少しくすんだ赤でも違います。
たとえば、明るい肌に深い赤を置けば、唇と肌の間に大きな明度対比が生まれます。
その差によって、唇がくっきりと浮かび上がり、顔の中に強いコントラストが生まれます。
鮮やかな赤を置けば、周囲の色との彩度対比によって、唇そのものの存在感が高まることがあります。
逆に、肌や髪との明度差・彩度差が小さい赤を選べば、唇だけが強く主張するのではなく、顔全体が穏やかにつながって見えることもあります。
つまり、口紅は「唇を赤くするもの」ではなく、顔全体の色の関係を変えるものなのです。
口紅の色を変えることで、肌や髪、瞳との色の関係が変わり、顔全体のコントラストそのものが変わって見えるのです。
言い換えれば、赤い口紅を塗るということは、唇に色を足すだけではなく、
顔の中にある「色のバランス」を変えること。
明るい赤なのか、深い赤なのか。
鮮やかな赤なのか、少しくすんだ赤なのか。
その違いによって、顔の中に生まれる明度差や彩度差も変わります。
「その赤を置いたとき、顔の中にどんなコントラストが生まれるのか」
という視点で考えてみると、いつもの口紅選びが少し違って見えてくるのではないでしょうか。
パーソナルカラー別の似合う色を考えた時、
「この赤だから似合う」
というより、
「この赤を顔の近くに置いたとき、顔の中の色彩バランスが心地よく整う」
と考えることが大事。
明度差
彩度差
色相差
顔全体のコントラスト
「Springだから朱赤」
「Summerだからローズ」
「Autumnだからボルドー」
「Winterだから真紅」
という分類だけで「似合う色」を終わらせるのは、少しもったいない。
その人の顔の中に、どのくらいの明度差・彩度差・色相差をつくると魅力的に見えるのか。
という視点を持つことが大切なのです。
スプリングの赤は、
明るい・クリア・あたたかい。
トマトレッド
ポピーレッド
コーラルレッド
朱赤
光を含んだキラキラ輝く色鮮やかな赤。
「なんとなく気分が上がらない」
「最近、行動力が落ちている」
スプリングのポテンシャルを活かすにはそんな気分を一掃した方が自分らしさが輝く。
だからこそ、そんなときは
赤の「明るさ」を借りる。
赤いニットにアイボリーのパンツ。
赤いスニーカーにデニム。
赤いリップを、いつもより少しだけしっかりと。
スプリングの赤は、
「頑張らなきゃ」と自分を奮い立たせるというより、
「楽しそう。やってみよう」と、気持ちを前に動かす赤。
赤の「明るさ」を借りて、行動のきっかけをつくる。
そんな使い方が似合います。
サマーの赤は、
明るい・柔らかい・上品。
ローズ
ラズベリー
ウォーターメロン
ソフトチェリー
青みを含み、少し白やグレーが混ざったような赤。
サマーにとっての赤は、
「強く主張する」より、
「自分らしい美しさを思い出す赤」
ローズレッドのブラウス。
赤みのあるリップ。
グレイッシュな赤のカーディガン。
そこにオフホワイトやライトグレーを合わせると、
赤の強さが少しほどけます。
「今日はちょっと自信がない」
そんな日に、強くなるのではなく、自分らしさに戻る。
そのための赤。
オータムの赤は、
深く・柔らかく・重厚感がある。
テラコッタ
レンガ色
バーントレッド
トマトレッド
ボルドー
赤にブラウンや黄みを感じる、深みがあって暖かさを感じる色。
オータムにとって赤は、
「テンションを上げる色」というより、
「自分の中にある力を思い出す色」
赤いジャケットにキャメルのパンツ。
テラコッタのニットにエクリュのコート。
深い赤のワンピースにブラウンのリップ。
派手に見せなくても、赤の存在感はしっかり残る。
「私は私のペースでいい」
自分の軸を取り戻したい日の赤。
ウィンターの赤は、
クリア・鮮やか・コントラスト。
ピュアレッド
チェリーレッド
ルビーレッド。
ワインレッド
そして、黒や白とのコントラスト。
ウィンターにとって赤は、
「存在感を取り戻す色」
赤いリップに黒のタイトスカート。
赤いニットに白のパンツ。
オールブラックに赤の口紅。
赤を弱めすぎない。
「今日はちょっと自信がない」
そんな日にこそ、あえて一点、強いコントラストを作る。
「今日は私でいこう」
そんなスイッチになる赤。
赤は、元気をくれる色なのでしょうか。
もしかすると、少し違うのかもしれません。
赤そのものが、私たちを元気にするわけではない。
私たちは長い時間をかけて、赤に生命や血、火、太陽、情熱、力、勝利といった物語を重ねてきました。
だから赤を見ると、私たちはその物語を、無意識のうちに感じ取る。
そして、鮮やかな赤を身につければ、自分自身の存在感が強く感じられることもある。
深い赤を選べば、凛とした強さを感じることもある。
柔らかな赤なら、温かさや親密さを感じることもある。
赤はひとつではない。
そして、赤から受け取る意味も、ひとつではない。
色とは、ただ目に見えるものではなく、
私たちがこれまで生きてきた経験と、文化と、記憶が重なって見えているものなのかもしれません。
だからこそ、
「赤だから元気になる」のではなく、
「私は今、どんな赤に心を動かされるのだろう」
と考えてみる。
心が色を選び、選んだ色が心に働きかける。
それもまた、色を通して自分自身を知ることなのかもしれません。
色が人に与える影響は意外にも大きく、
毎日、朝起きてから色を選ぶという「選択」を私たちは無意識に行なっております。
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